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分母分子論(もしくは分子分母論)

たまたま縁あって、大瀧詠一のポップス分母分子論(もしくは分子分母論)を復習し、三度目のトライにしてやっと分かったような気がしました。さらに、「普動説」も勉強しました。戦後の音楽文化の受容と消化と創作について、勉強になりました。
そこで、大瀧氏がつかむ1980年初頭の横転現象と共に生まれたのは1981年1月28日生まれの星野源氏。横に並んでますよと2012年に星野氏。
そういう中で文化作業をやる手としては二種類あるような気がする。一つは、大相撲(1885年頃の天覧相撲)、(松竹)歌舞伎(1887年天覧歌舞伎)、文楽、劇団四季、AKB48(、亜流としてのジャニーズ)という興行独占とその中での厳しい競争という形。他方、大瀧詠一、山下達郎、冨田ラボ、電気グルーヴ、星野源などの市場の中での単独制作の形。
別件ですが、浪曲の元祖、説教節と関係するんですね。いつもながら趣味関心が広いですね。語り芸というと、平曲(平家物語、琵琶法師)から浄瑠璃(義太夫等)の流れと、説教節から浪曲の流れがあるようですね。更に落語家・三遊亭圓生は義太夫をやっていた。達郎さんが敬愛する演歌歌手・三波春夫は浪曲師だったことを思い出します。
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星野:世の中には、サブカルというのがカッコいいという人と、あと、サブカルをバカにする人の両方がいるのですが、どちらも「サブカルがまだある」という幻想にとらわれている点では同類です。実はもう世間には、サブカルもメインも、どっちもなくなっていて、カルチャーは横に水平になっているんです。
星野:だから「サブカルはイケテるか、ダサいか」という、その論争自体もうダサい、ということを、みんな早く気づいて欲しい。それをどうにか世の中に伝えられないかと思うんです。すでにエッセイとかには、こまごまちょこっと書いたりはしているんですけど。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20121207/240680/?P=2

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