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Building State Capabilityについて書いたこと。

【仕事における型の重要性】
勘三郎18が強調していた、無着成恭氏が子供電話相談室で言ったという「型なし、型どおり、型破り」の三段階に見られる「型重要主義」と、玉三郎が菊之助に強調していたという「型じゃないよ気持ちだよ。気持ちじゃないよ型だよ」の二つが同時に重要になる。


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なぜ上記を書きつけたかというと、今これを読んでいるから。簡単に言えば、世界の開発/発展がうまくいってないのは、関係者が「型(forms)」ばっかりにこだわっているから、という。
http://bsc.cid.harvard.edu/building-state-capability...

この「世の中は型ばかりで内実が伴っていない」という主張は重要で、これによって勘三郎18の型大事主義(もうちょっと良い名前が出てきたら代えます)を批判できる可能性がある。英語ではKabuki playという言葉は「大げさで中身のない見かけだけの催し物」という意味で使われるが、中身の無さというニュアンスで上記と通じるものがある。

歌舞伎側から言えば、もちろん、玉三郎発言の「型じゃないよ気持ちだよ。気持ちじゃないよ型だよ」を想起すれば、型と気持ち(魂)が同時追走並走で進むことが重要との指摘によって芸の継承は担保されている。ここでは「気持ち」を大事にした近代的な歌右衛門6とも関わりがあるだろう。そして、歌右衛門6は勘三郎18に教えている。

以前に放映された中村屋ドキュメンタリーで、たしか平成中村座の楽屋で勘三郎18が勘九郎(当時はまだ勘太郎だったはず)に型を教えている風景が思い出される。これは見ようによっては奇妙な光景で、勘三郎18は勘太郎に対して、お前は気持ちを入れ過ぎているとたしなめ、ちょっと見てみろと、自分で演技をしてみせ、この時に自分は今日の夜ごはんは何かなぁと考えていたのだと明かす。つまり、気持ちを入れずに型を見せるのだ。本当はこんなことしちゃいけないよと言いながら、型の重要性を息子に熱心に説く勘三郎18は何を言おうとしていたのだろうか。

思い出すのは、勘三郎18が父の勘三郎17について言っていた言葉だ。「父は芝居を投げる時がありますが、僕は芝居を投げることはありません。」どうやって投げずに済むのか、そこが勘三郎18にとっての型という工夫なのかもしれない。つまり、正しい型を身につければ、型によって自ずと気持ちが刺激されるのだろう。正しい型を修得することは、そこで止まるのではなく、さらに魂を刺激することに意味があるのだろう。

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なぜ留学は大事なのか】試論
いま、Andrews, Pritchett, and Woolcock (2016)、つまりBuilding State Capability (BSC)をあれこれ考えながら読んでいるわけですが、発展途上国でのプロジェクト成功のための能力向上という本来の目的以外にも、いろんな局面に使える本だと思います。まだ半分ちょっとしか読んでません。
著者が言っているのは、世の中で一番進歩したsolutionというやつはlogisticsであるとのことです。そうですね、solution businessという言葉も生まれて久しいですが、このsolution businessで一番力を発揮するのはたしかにlogisticsだと思います。多くの場合、big dataの問題とか言っているのもlogisticsです。でも、世の中にはlogisticsで解決できない問題は山とあります。Andrews, Pritchett, and Woolcock (2016)はこれをProblem-Driven Iterative Adaptation (PDIA)で解決しましょうと提唱しています。
その詳細はAndrews, Pritchett, and Woolcock (2016)を読んで頂くことにして、PDIAを簡単に言えば、1)個別の問題をその現場の文脈で解決しようとし、2)継続する実験の繰り返しとして解決までの過程をとらえようとし、3)実験と想定外の行動をも容認する当事者主義の環境をつくり、4)多くの関係者を巻き込んで、皆さんの手でなんとか成功すると皆さんに思ってもらう、という方法のようです(p.135)。あらっ、それって「現場主義」じゃないって思う方もいらっしゃるかもしれません。そうそう、それをきちんと流通する言葉で書きだしたことがAndrews, Pritchett, and Woolcock (2016)の貢献の一つだと思います。言葉にするって偉いです。
さて、PDIAを実地にお試しできるのが、学部時代の留学だと思います。つまり、1)行く前に想像してない「想定外」の問題の解決を迫られます。2)それが次から次へと永遠に続きます。うまくいったと思ったら新たな次元の問題が出てきます。3)一般には自分から本気で解決しようとしない限りは解決できません。そこで、自分のモティベーションを自分で勝手に高める必要があります。嘆いていてもよほど愛嬌と運が無い限りはあんまり助けてもらえません。4)さらに、自分の問題を貴方の問題だと思ってもらえないと、他人からは助けてもらえません。他人のモティベーションも上げないといけなくなります。
世の中の簡単な問題はlogisticsで解けます。それはlogisticsがどんどん進化しているからです。なので、お勉強がとっても必要になります。つまり、計量だけで言っても、difference in differenceとかIV法とか「回帰不連続デザイン」とかRCTとか、次から次へとお勉強しないといけません。これはこれで世の中には必要です。
これに対して、世の中(=社会)の大変な問題はPDIA-likeなアプローチで挑まないとなんとかならないようです。人は一般に一回やったことがあれば、二回目は少し客観的にやれるものですから、「社会人」になる前にこれをやったことがあんまりない人は学部時代に留学でPDIA-likeなアプローチを試しておくといいわけです。
自分が外国語がいかにできないかを知るとか、外国語ができないなかでどう工夫するかとか、そういうことも留学の効用にあるんですけど、それ以上に大事なのはこういうことだと思うんです。もちろん、ある程度まではバックパッカーの一人旅で補える部分もあります。ただ、一人旅は普通は二か月ぐらいまでが最長の限界なんです。そういう意味では一人旅はquick study向き。slow study派には留学です。

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