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大航海時代叢書第1期1総説、抜き書き

 しかし、これらの諸記録にあらわれた、西欧人的視点からの観察は、歴史的に考えると、単なる現代の学的資料という以上に、もっと大きな意味を持っている。というのは、ルネサンス以後のヨーロッパの近代史を特色づける、非キリスト教世界に対する蔑視と、それとは逆に、非ヨーロッパ文化、ヨーロッパ文化の別なく、さまざまの文化の形態の存在を承認する、文化に対する没価値的な相対観という、ふたつの矛盾しあった態度の萌芽が、すでにここに明らかにあらわれているのである。(p.22)

 この(没価値的な相対観という(筆者補足))態度は、いわゆる「西洋の没落」の世紀にはじめて登場したものではなしに、もとをただせば、ヨーロッパ文化が、複数の非ヨーロッパ文化を、実体験しはじめた、大航海の時代に源を有するのである。(p.23)

 そこ(ピガフェッタの記述(筆者補足))に認められるものは、先程のべたような白人の優越感ではなしに、人間文化の可能性と多様性の認識であり、単一の価値基準では律し切れない、人間社会のゆたかさの発見だった。もちろん、それは、積極的に、自覚されたかたちでは存在しなかったが、無意識的なものとしては、あきらかに記録の中にあらわれたいる。重要なのは、こうした新しい人間意識が、少数ではあるが、同時代のヨーロッパの知識人を刺激して、先に述べたような、文化の相対観を自覚的に生ましめたことである。(p.25)

 モンテーニュのこのことばは、当時の乱世のヨーロッパ世界にたいするきびしい批判を含み、終りの部分などはヨーロッパ的価値を転倒させかねまじき語勢ではあるが、「その民族」すなわちアメリカ大陸の原住民との対置において、文明と野蛮の区別をしりぞけ、自己の文化圏の「真理と道理の基準」だけでものを判断することをいましめている点など、きわめて近代的な、相対主義的態度と言えよう。(p.25)

 最後に、上述のような、ヨーロッパ人の非ヨーロッパ世界を「見る」態度は、それに対して「はたらきかける」態度と切りはなして考えることはできない。(p.26)

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