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なぜ「革新」勢力はTPPに反対するのか:ロドリックの政治的トリレンマによる解釈

 TPPについて、「革新」勢力、いわゆるリベラルな人たちが反対している。20年前は、国連主義だったであろう人たち、より国際的な協調を重視したであろう人たちが反対している。これはなぜだろうか。

 私は、中国・韓国の台頭により、日本の主権がより裸になり明示的に擁護しなければならなくなったからだと考える。そして、リベラルな人たちは民主主義にもコミットしている。主権と民主主義にコミットする限り、グローバルな関心は二の次、三の次にならざるをえなくなったというのが私の解釈である。これに対して、保守派と呼ばれるであろう人々は、経済的関心そして地政学的な関心からグローバルな利益とグローバルというアイデアにコミットしている。そして、主権にもコミットしている。その結果として、民主主義的な関心(少数派をどこまで擁護するか)が後ろに下がっているのだ。

 主権と民主主義とグローバルな関与の三つが共存できないことは、ダニ・ロドリックが強調している。日本の保守派は、いわゆるネオ・リベラルな人々がそうであるように、主権とグローバルな関与を選択しているようである。そして、日本の「革新」・リベラル派は、主権と民主主義を選択しているのであろう。

 附帯的な質問としては、なぜ「革新」・リベラル派は、以前は国連主義というグローバルな関与を信奉していたのだろうか。これは、おそらく、米国の「核の傘」のもと、かつ中国・韓国を他者として意識することない経済的状況のもとで、民主主義とグローバルな関与という選択肢を選んでいたのだ。しかし、中国・韓国の台頭により、主権をいやがうえでも意識せざるをえなくなった。そして、グローバルな関与が落とされたのであろう。

 保守派にとっては、民主主義は、主権とグローバルな関与に比べて優先度の低い目標である。だからといって、選挙を意識していないということにならない。優先度の低い目標だからこそ、手段として設定され、参議院選挙を戦うために最適のタイミング(つまり、早期の参加表明)でTPP参加表明がなされたのだ。

 これから数年は、「革新」・リベラル勢力にとっては国連主義を含むグローバルな関与をどう取り扱うか、保守勢力にとっては民主主義を手段ではなく本源的な価値としてどのように取り扱うかが鍵になろう。

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