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Wendy's Japan

Wendy's Japan at Japan TodayHiga Industries.

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上杉隆『官邸崩壊:日本政治混迷の謎』

 やっと読みました。上杉隆『官邸崩壊:日本政治混迷の謎』(幻冬舎文庫)。文庫版あとがきに書かれている日本のジャーナリズム界におけるタブーとは、

・会話文を拝した(排した?)描写の連続

・面白すぎるストーリー性

・マスコミ界の人物の実名暴露

だと言う。また、『実は本書には、許氏のほかに、もうひとりの共著者が存在する。それは『官邸崩壊』誕生には欠かせない重要人物である。』という。この点は、『上杉隆氏 記者クラブと政治家の癒着示す40万枚メモ公開宣言』でも想定されることだった。この40万枚メモこそ、記者からしか出てこないはずだからだ。そんなことを思うのも129頁の、『本当は、安倍は「プラダを着た悪魔」を観たかった。だが、親戚の男児の希望で、「犬神家の一族」の観賞に変わる。』という記述は極めて妙だからだ。そんなことを安倍が誰に言うのか。これには安倍家に極めて密着した記者の存在がある。それは上杉氏ではないだろう。すなわち、情報提供者としての政治記者がいるはずなのだ。

 官邸とは、スタッフ組織であるはずだが、安倍が上手にスタッフを使えなかったことがよく書かれている。確かに、座りの良い御曹司である首相が訓練が無ければ、スタッフを使えないのはよくわかる。日本の組織は伝統的にラインで勝負し、スタッフが弱いとされる。そういう「伝統」が露呈しているのだろうか。

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星新一〈上・下〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)

パイオニアになり捨て石にならなかった人。『星新一とその時代』でもある。ショートショートの作法として、『要素分解共鳴結合』を下巻pp.290-291に例示している。

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Whitney Houston - Didn't We Almost Have It All

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Beyonce, Britney Spears And More: 25 Best Songs Of 2011

Beyonce, Britney Spears And More: 25 Best Songs Of 2011
We count down the year's most memorable musical moments, in Bigger Than the Sound.
By James Montgomery

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ESへの対応方法のポイント

このカテゴリーへの久しぶりのinput。こういう質問である。

○○○の仕事を通じて、あなたが実現したいことを教えてください。

○○○には会社名が入る。この時には、格言、「地元のことは地元民がだいたい知っている」を思い出すこと。つまり、あなたが思いつく大概の企画は、先方の企業はチェックしているわけである。では、どうするか?

1)情報の差を使う:あなたは21、2の学生である。先方企業には、ほとんどこの年の社員はいないのが普通である。つまり、先方企業社員が持っていないと思われる情報を根拠に、企画を熱心にサポートする意見を言い募ることである。

2)それでも、自分を信じる:ごく稀にあなたの考えた企画は、先方企業も考慮していない場合がある。そこに賭ける。

実際は、この質問は「企業研究」の程度を問うている。企業研究より見つかった「企業の強み」を発揮できる「新しく実現したいこと」を書いてみなさいと言っているのだ。『自己実現』の形をとっているので自己啓発風に書きたくなってしまうとしたら、性質が悪い。

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『経済学は道徳劇ではない』(過日のSF鼎談への独善的感想)

 Economics Is not a Morality Play (Krugman's blog).  先日のSF鼎談を私なりに乱暴に振り返るのが「I氏に御挨拶だけでもすればよかった」との多少の反省の昇華。T氏はベーシック・インカム論を「面白く、もっとこの話題を深めるといいように」思ったとのこと。一方、I氏は事前メモをアップされ、そもそもSFとはという議論についても態度を決めてから臨まれていたことを明らかにされている。これに対してY氏は中東で購入されたアクセサリーで武装(?)して臨まれるというトリック・スター風の態度で貢献された。このあたりが、職業としての学者とそうでない人の違いかもしれない。

 T氏がY氏との遭遇について、Y氏が訳されたKrugmanの訳業を授業で使われた際の経験を紹介され、また、ハリ・セルダンについてKrugmanが憧れた件をどなたか(Y氏?)が触れたことにも表れているように、一つの伏線がPaul Krugmanにあったことが鼎談の冒頭で披露されていたように思う。

 そこで、タイトルにあるように『経済学は道徳劇でない』というKrugmanのブログ・ポストである。一部を抜き書きしよう。

But maybe this is an opportunity to reiterate a point I try to make now and then: economics is not a morality play. It’s not a happy story in which virtue is rewarded and vice punished. The market economy is a system for organizing activity — a pretty good system most of the time, though not always — with no special moral significance. The rich don’t necessarily deserve their wealth, and the poor certainly don’t deserve their poverty; nonetheless, we accept a system with considerable inequality because systems without any inequality don’t work. And before the trolls jump in to say aha, Krugman concedes the truth of supply-side economics, that’s not an argument against progressive taxation and the welfare state; it’s just an argument that says that there are limits. Cuba doesn’t work; Sweden works pretty well.

善悪ではない。善悪の彼岸にある。彼のマクロ経済学の勘所はここにある(ミクロでもそう、戦略的貿易政策で反省し、経済地理では政策論議に入らないように自制していたとのこと。by F田先生)。これは、経済学が道徳科学であるべきか否かという古い問題とはおそらく異なる。そして、この「善悪の彼岸性」をもっとも端的に表わしてくれるのがSFだというのが私のSFについての特徴付けの一つである。ある仮定のもとでのシステムの実証性を議論するのがSFなのだ。もう一つは、Y氏のお母さま(息子にウルトラマンは禁じ、銭形平次を許すと言う興味深い基準の持ち主)がSFに浸っていたY氏に喝破したという『SFとは、最初の仮定で決まるのだから、面白くない。』という発言に現れる特徴である。つまり、喜劇でのSituation Comedy (Sit-Com)と同じく、ある科学風の突飛な設定をおき(人間が複製できる、等)、そのもとで「人間」社会がどのように進むのかを描くというものである。おそらく、Y氏のお母さまは経済学の理論論文を同じように喝破されるだろうし、それは理論経済学のセミナーでの大御所先生たちの態度とほぼ同じである(その昔のU沢先生は仮定を見ただけで論文のストーリーが全ておわかりになられたとのこと)。

そういう実証性がSFの真髄であれば、権利をSFに絡めて話すことは本筋ではないだろう。それは、『二都物語』のような都市貧困小説により親縁性をもつだろうし、人権とは『わたしを離さないで』のようなSFの覆いをまとった小説にこそ現れてくる。とはいえ、ロールズの「無知のヴェール」とはほとんどSFのような雰囲気を持っているし(生前に母体の中で赤子がそういう判断をして生まれるかを自己判断する世の中を設定すればいいだろう→中絶ではない生前の胎児の自殺という問題)、正義を実証的に扱う可能性をSFは持っている。

SFはフィクションであり、絵画が写真によって印象派風に進まざるを得なくなったように、全てのメディアとの競争の中で、芸術性を求めざるをえなくなった側面はある。それでも、SFのSFたる所以はやはりその実証性にあるように思う。

経済学を奥深く知る社会学者であるI氏が、その実証性ではなくSFの芸術性(官能性)を強く打ち出して鼎談を挑発するのは正しいし、そこで聞き手の独善的な好みから言えば、T氏には(権利論ではなく)実証性を元に挑発に乗ってもらいたかったと思う。そしてそのときに、最もSFのファンでありそうなY氏がどのような態度を見せるかが楽しみだった。その片鱗はファン・サークルについての発言に現れていたような気がする。なぜお母さまに喝破されても、これまでSFをY氏は読んできたのか、それは芸術性にのみに還元されるのか。SFがもつ「secularな連携性」についてもう少しY氏が暴走してくれると、さらに先達から勉強になったような気がする。なぜゲームがSFから主題をとるのかという点にも関わってくるだろう。そういう点を含めて、議論を先導・誘発してくれた三人の先達に感謝する。

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12月平成中村座『関の戸』の関兵衛、勘太郎は吉右衛門から習った

出典はこちらの福助ブログ。当然と言えば当然だが、2月新橋を考えてもいろいろと感慨深い。

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トークイベント「SFは僕たちの社会の見方にどう影響しただろうか?」」用メモ

トークイベント「SFは僕たちの社会の見方にどう影響しただろうか?」」用メモ

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今日はクリスマスでした。

 昼は、大学でお世話になった石井康史さんの『お別れの会』でした。1987年秋、この人の薫陶を受けたことは、今日まで私の大きな財産であり続けています。面白くそしてとびきり知的な会話をすることは凄く素敵なのだということ、そこに生まれた共有された言葉を良いと信じること、そういう営みをするために自らを楽しく鍛錬することを身をもって教えてくれました。その奥さまから列席者に配られた「ご挨拶」の一部を紹介させていただきます。

『そして、近年では、話し言葉と書き言葉の関係に特に関心が向くようになり、その関心は彼の生き様そのものでもありました。彼は皆様方とお話をしたり、授業や授業外で学生さんたちと対話することが何よりも大切なことだと考えていました。バンドでギターを弾くことを楽しんだことと同じように、<いまここに>一緒にいる友達を何よりも大切に思い、夜が更けるまでコーヒーを飲みながらおしゃべりを続け、会話のジャズセッションを繰り広げることが何よりも好きでした。

本当にこんな人だったのです。「ご挨拶」」には、最後に石井さんが読んでいた本はアリストテレスの『心とは何か』という本で、人間がなにかを始めるというのはどういうことなのかということが最大の関心事だったとも書かれています。本当にこんな人だったのです。私も石井さんから頂戴した言葉の種をできるだけ育てていきたいと思います。ありがとう、石井さん。

「20111225ishii.pdf」

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「SFは僕たちの社会の見方にどう影響しただろうか?」

 ほぼ本務キャンパスであり土地勘があったので、勉強がてら聴講。予想通り、ほとんど知らない話だった。田中氏が企画発案者ということなので大感謝。山形氏のお母さまが、SFについて山形氏にした発言が秀逸だと思ったのは、私もそう思うからだ。そして、まさにそこが醍醐味の一つであろうと思う。稲葉氏がコメントされた星新一の評伝を帰宅時に購入。とにもかくにもブッキッシュとは凄いものだ。感嘆、感嘆。

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年賀状サイト

http://onlinelab.jp/nenga/

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デ・ロングとアイケングリーンの経済史入門

デ・ロングとアイケングリーンの経済史入門
http://delong.typepad.com/20111209-econ-210a-spring-2012-delong-eichengreen.pdf

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『謎とき平清盛』は面白かった

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