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ネット評判社会

ネット評判社会 (NTT出版ライブラリーレゾナント057)
山岸 俊男 (著), 吉開 範章 (著)

 著者の一人の持論である「日本は安心社会だったが、いまそれが崩れている」という仮説にネットでの評判を入れて、テクノロジーが超安心社会の再構築を可能にするとの仮説を提示した。『現在の日本は、「安心、安全」の大合唱に代表されるように、また若者たちの間で流行っているKY(空気が読めない)を非難する風潮に代表されるように、これまでの集団主義的な秩序に即した社会的知性からの転換を示す兆候はあまり見られないように思われる。』(p.197)という現状認識がその背景にあるようだ。

 若者の間で集団主義的な秩序が再構成されているのはよく知られている。秀逸なルポルタージュである原田『近頃の若者はなぜダメなのか:携帯世代と「新村社会」』(本当にこの題は本の内容を表しておらず、ダメだと思う)に書かれているように、若者の間には携帯とネットを通して、集団主義的な秩序が時間軸を通じて浸透しつつあることが明確になっている。いわば、「田舎」から「都会」に出てきても、「田舎」では友人が携帯を通じて常に待っている。都市の空気は人を相対的に自由にしなくなってきている。

 これを理解する一つのキーワードは梅田/飯吉『ウェブで学ぶ』で飯吉が言及した「囲い込み」もしくは「閉じ込め」だろう。これと対照的なのは「自分をさらす」および「匿名性に沈む」ことだろう。都市の空気が人を相対的に自由にしなくなっているということは、「匿名性に沈む」ことのメリットも低下している恐れがある。ネットで「囲い込み」や「閉じ込め」が難しくなっているとすれば「自分をさらす」ことに集中しなければならないのかもしれない。「自分をさらす」にもいろんなやり方がある。

 どうもネットには三種類の交流があるようだ。1)匿名の交流、2)有名の交流(例、Facebook)、そして3)有名かつ集団主義的秩序の交流だ。1)と3)の組み合わせが集団的秩序においては主流になっていそうだ。個人主義的な秩序のもとでは「名前を明かして自分をさらす」ことが自然状態だろうから2)が前提になるのだろう。

 交流の教育効果にも自発性が大事だということが梅田/飯吉に記されている。自発性の高い姿勢にはネットは有効だが、受け身の姿勢なら映画やテレビのほうが教育効果が高いという。

 補助線を引くために、斎藤修『江戸と大坂』を再読しなければならないかもしれない。

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Comments

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Posted by: bit.ly | 2014.09.16 at 03:36 AM

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