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猪木 武徳『学校と工場』

518jakmnqgl_sl500_aa240_ 猪木 武徳『学校と工場』(読売新聞社:1996年)。新しい本ではないので、現状を知ろうという人には薦められないが、本書が収められたシリーズ題がそもそも「20世紀の日本」であるので、中身は古くはならない。

公教育は単にコミュニケーションを容易にし、合理的計算能力を高めるという以上に、人間の考え方や感情を一定の型にはめるという役目を持っていた。独創的な考え方、非定型的なものごとに対する判断能力は、結局、一定の型を約束ごととして習得しない限り生まれないことが多い。いからんる独創的な発明や発見も、ある水準の定型的な知識(「これこそ「読み・書き・算盤」)を前提としており、全くの「白紙」からは生まれない。(p.13)

全くその通りだと思うが、証明されているのだろうか。

1920年代の女工の企業内教育についてふれておこう。まず重要なのは、大きな紡績工場の中に設けられた私立の小学校である。(p.64)

 第4章「戦後の学校」では、人的資本理論についてふれられていて、筆者は『人的資本理論の考え方の注目すべき点は、その費用概念にあるといえるのではないか』(p.127)と述べている。機会費用である。その後は、通常の説明のようにシグナル理論が解説されている。
 第5章「工場内の人材育成」はOJTおよびOff JTをついてのまとまった説明と解説が具体例に基づいてなされている。intangible knowledgeが「定義できない知識」(p.147)として解説されている。p.149以降の「民主的な人材選抜方法」はキャリア・パスのmotivationへの影響を解説している。

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