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○○の分析を具体例で見せる vs. ○○の理論的な問題

 『書斎の窓』2007.10&11に「『文化の社会学』をめぐって」(上・下)という座談会の模様が収録されている。そこに、「文化の分析を具体例でみせる」ことと、「文化についての社会学からの理論的な問題」との間の微妙な齟齬、距離があることが指摘されている。文化に限らず、それなりに一般化できることのように思う。

 さて、景気の分析を具体例で見せようと思うと、景気ウォッチャー調査のコメントなどを見せたらよいのかもしれない。そこには生の「分析(というより感想)」がひしめいている。そして、景気についての経済学からの理論的な問題として、総供給の過剰は理論的に存在しないこと、総需要の不足を(例えば物価の硬直性によって)示すこと、さらに乗数プロセスを示すなどの方法をとっても、その間にはやはり微妙な齟齬や距離があるだろう。

 (ODAなどの)援助を理論的に分析しようと思うと、最初にひも付きとか、グラントとかの分類学から始めるのが一つの手だろう。分析の前に分類というのは、通常の手段だが、聞き手が期待しているのは「生」の援助が行われる実態報告だったりする。いつまでも「生の援助の実態報告」で満足していれば援助分析に関わることはできないのだが、それを分かるためには「生の援助の実態報告」をする必要があるのかもしれない。一生にして二世を生きるのは難しいが、読書が深ければ想像→類推→推量→推測のメカニズムで補えられるかもしれない。

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