« Yoshitsune and the Thousand Cherry Trees | Main | Economist on Chinese Property Regime »

三浦佑之『古事記講義』

4167725037_01__aa240_sclzzzzzzz_v4389438  三浦佑之『古事記講義』文春文庫。この手の話には皆目無知なので、興味深く読んだ。

 memo to self。p.12: 8世紀初頭に古事記は筆録で成立。p.15: 7世紀半ばの語り部の末裔=阿礼をイメージ。p.64: 三柱の女神と、出雲の三柱。p.76: アマテラスの入り込み⇒日御碕神社の配置。p.93: ワラフ、エム、エラクという三つの「笑い」(See Paul Seabright, The Company of Strangers)。p.164: スサノオ伝説と水田稲作の起源(出雲)。p.170: 肥の河=斐伊川の流路変更と灌漑。p.190: ヤマトタケルは4世紀半ば頃。p.225: ヤマトタケル、走水の海(浦賀水道)を渡ろうとする⇒オトタチバナヒメ。p.255: 歌舞伎へのおそらくはprejudice。p.263: 5世紀末の河内(難波)王朝の断絶。p.272: 『出雲は新墾(にひはり)』⇒その後の「あしひきの…」と同様に考えれば、稲や酒の枕詞かも?pp.287-『出雲神話と出雲世界』。p.309: 『推古朝あるいは6世紀末から7世紀初頭という時代は、日本列島において、国家が自覚され、内部的な統一がめざされ、隋や朝鮮半島と向き合うことになった最初の時代だといえるでしょう』。p.313: 出雲国風土記の空間認識。p.329: 国引きの出所(新羅、隠岐が二つ、能登半島)。p.344: 高志=越。p.347: 新潟県姫川、ヒスイ、加工地の変遷。p.359: 『海人系氏族である安曇氏の拠点が筑紫の志賀島にあり、その痕跡が遠く信州の安曇野にまで及んでいるのも、彼ら一族が日本海ルートを北上し、信濃川を遡上したからだと言われています』。

 なお、巨木遺跡で有名な三内丸山遺跡は「今から約5500年前~4000年前の縄文時代の集落」のもの。また、幻の中世都市十三湊は、鎌倉時代から室町期にかけて港町として栄え、数々の貿易を行っていたと伝えられる。

|

« Yoshitsune and the Thousand Cherry Trees | Main | Economist on Chinese Property Regime »

趣味」カテゴリの記事

Comments

 出雲においては、夜見島という古代にあっては島であったものが、志賀島みたいは陸繋砂州となり、弓ヶ浜となっている。この根本に安来という古くから鉄鋼の貿易で賑わった町がある。この町の名前は出雲国風土記によるとあのヤマタノオロチを退治したというスサノオノミコトが命名したという。この山奥にはたたら製鉄という往古よりつづく日本独自の製鉄法が明治の終わりまで続いていた。
 また、同山奥には古事記に「神避りし伊邪那美は出雲と伯耆の堺、比婆の山に葬しまつりき。」と示された神陵もありなにかと日本神話と関連があり不思議な憧れを持ってしまいます。

Posted by: 鋼材屋 | 2008.09.01 at 09:16 AM

 なるほど、島根は日本文明の根源が眠っている地域なのですね。たんだん。

Posted by: 名古屋小僧 | 2008.12.14 at 11:55 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« Yoshitsune and the Thousand Cherry Trees | Main | Economist on Chinese Property Regime »